H27-29 才車の堰

 才車は、明和5年(1768)に本山派修験山本坊配下の宝鏡院らが創業した、現在判明している限りでは、越生で最初の営業用水車である。明治時代に、小林家に屋号「才車」とともに譲られ、精米・精麦・製粉のほか、水力製板機を設置して製材も行っていた。
 越辺川とその支流には、大小数多くの水車があり、坊職、繭の乾燥、線香製造、発電など、さまざまな用途に利用されていた。戦後、ほとんどが廃業したが、才車は昭和四十年代まで営業を続けた。流れを堰き止めた石垣から伸びる水路が、往時を伝えている。
 水取入口の岩上には、明治4年(1871)建立の、菅原道真の歌を刻んだ、宝鏡院の末裔で手習の師匠だった鷹嶋桂(梅山)の顕彰碑が立っている。その傍らの「水天宮」の碑は、越辺川西部水車組合が建てたものである。  

029才車の堰
才車の堰

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