H26-07 二七の市

 越生市街地中心部(大字越生)は、江戸時代には今市村と称していた。『新編武蔵風土記稿』(文政13年〈1830〉成立)には「古へより市場となせし所なれば、越生の今市とも唱へ」とある。月に6回、2と7の日に「二七(にひち)の市」が立ち、この地方の物産・日用品の集散地として栄えていた
 幕末の横浜開港以降は絹取引が盛んとなり、明治・大正期に最盛期を迎えた。明治39年(1906)の年間取引が、28万9,973疋(※一疋は二反)、214万9,290円71銭との記録がある。生絹商や糸繭商をはじめ、旅館、料理屋、芸者屋、人力車など、あらゆる業種が軒を連ね、市日は祭りのような賑わいだった。
 短冊形の地割、通りに対して斜めに配された商家の家並が市町の面影を伝えている。    

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二七の市の街

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