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H27-28 比丘尼橋

 安政4年(1857)建立の「馬頭尊供養碑」に「橋供養 馬頭尊 願主徹心尼」と刻まれている。徹心尼は、ここからほど近い村の高岸寺(龍ヶ谷の龍穏寺末)に住んだ尼僧で、龍穏寺五十六世道海の弟子である。

 越辺川で隔てられた大字津久根と大字成瀬とを結ぶこの橋を、地元では「びくにんばし」と呼んでいる。洪水でたびたび橋が流され、人々が困っているのを見かねた徹心尼は、自ら托鉢して集めた浄財で堅固な橋を架けたと伝えられている。

 しかし、その後も大水のたびに流失と架橋が繰り返され、橋の名も稲荷橋、千歳橋、津成橋などと変遷した。

 戦後、恒久的な橋に架け替えられた際に、徹心尼の徳を偲んで「比丘尼橋」の橋名が付けられ、正式名称となった。

 

028比丘尼橋

比丘尼橋

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