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H27-19 労働会館跡

 大正11年(1922)5月7日、越生地方の大工、左官、土工、ブリキ職などの職方たちが組織した至誠埼玉労働組合の発会式が越生小学校で挙行された。『東京日日新聞』埼玉版は「……百余名が参会した組合員はいずれも襟に『至誠埼玉労働組合本部』背に『丸に労』の字を染め抜いた揃いの法被を着て海軍帽型の揃いの帽子という元気ないでたちで会場に整列し……」と報じている。

 労働会館は、大正末年から昭和初年ごろに建てられた同組合の会館である。正式名称も運営形態も不詳だが、当時としては豪華な造りのホールで、講演会、演説会、芝居興行、映画上映など、幅広く活用された。

 戦後は閉館し、一時は酒販会社の倉庫に使用されたが、昭和40年代ごろ取り壊された。

019労働会館跡

労働会館跡

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