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H27-06 龍穏寺銅鐘

 寺の沿革と鐘の由緒を記した鐘銘に、寛文12年(1672)、当寺第二十五世大了愚門が、旗本堀親知の妻、霊台院が喜捨した20両を元に鋳造したとある。

 冶工の堀川山城守清光は、京都の御釜屋の二代目で、江戸へ下り、上野寛永寺と日光東照宮の灯篭、関三刹の下総総寧寺(千葉県)、下野大中寺(栃木県)の銅鐘などを手掛けた。  龍頭の意匠は一般的には背中合わせの二尾の龍であるが、この鐘の龍は一尾で、旗挿と呼ばれる円筒が付く朝鮮鐘の様式が取り入れられている。龍頭以外は和鐘の伝統を踏まえた、独特の意匠を持つ貴重な作例である。

 二度の火災、戦時の供出を逃れて生き延びたが、昭和63年(1988)の強風による鐘楼倒壊で引退を余儀なくされた。現在は、平成3年に新鋳された鐘が撞かれている。

 

006龍穏寺銅鐘

龍穏寺銅鐘

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