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H26-29 興禅寺の板碑

 三基の板碑のうち、中央の金剛界大日如来の種子「バン」が彫られた板碑には「建武改元甲戌七月十五日」の銘がある。鎌倉幕府が滅亡し、後醍醐天皇が実権を掌握した「建武の新政(中興)」の年の造立である。

 西暦1334年1月29日に都で出された「改元」の勅旨が、武蔵国の板碑に刻まれている唯一の例で、新政権の徳政への期待が表徴されたものと考えられている。

 板碑は、鎌倉時代から室町時代にかけて墓塔や供養塔として建てられた石塔で、板石塔婆、または、秩父産の緑泥片岩を石材にしていることから、青石塔婆とも呼ばれている。埼玉県内で20,000基以上、越生町内では500基ほどが確認されており、紙に書き記された文書や記録が乏しい東国の中世史を解明する上で、不可欠な存在となっている。

 

 

029興禅寺の板碑

興禅寺の板碑

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