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H26-28 春日神社の流鏑馬

 毎年10月9日のハツグンチ(初九日)に、大谷から「一の馬」、西和田から「二の馬」が出て、この直線道路に設けた馬場を騎馬が駆け抜けていた。幕末のころまでは、今市村(現大字越生)の「三の馬」も参加していた。

 当地の流鏑馬は、坂上田村麻呂が東征の折に奉納したのが起源で、長く途絶えていたのを戦国時代に松山城主の上田能登守が再興したと伝えられている。また、堂山の最勝寺に伝来していた流鏑馬と、春日神社が所蔵していた大般若経を交換したとの伝承もある。

 大谷と西和田、各々数十軒で組織するマトウ組(的組=流鏑馬組)が永く伝統を継承していた。昭和34年(1959)を最後に大谷が退いてからは西和田だけで続けられていたが、昭和41年に台風で中止され、以来中断されたままになっている。

 

028春日神社の流鏑馬

春日神社の流鏑馬

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