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H26-16 岡崎氏館跡

 「武蔵七党系図」によると、武士団児玉党の一族越生氏は、成瀬、黒岩、岡崎の三氏を興した。越生有平の三男有基を祖とする岡崎氏は、居館の遺構は未確認であるが、鎌倉時代には、越辺川を臨む高台の、この辺り、大字越生字岡崎に本拠を置いていたものと推定される。岡崎氏は、鎌倉時代末期に岩見国加志岐別府(現島根県江津市・浜田市)に移住し、末裔が南北朝の内乱で北朝方として活躍した記録がのこっている。

 岡崎氏の守り本尊を祀ったと伝えられる御堂が岡崎薬師である。眼病の治癒を祈る庶民が「穴あき石」を供えるなど、篤い信仰を集めてきた。一時は衰廃し、荒れるに任されていたが、地元の熱意によって復興し、一月の初薬師、四月の花祭り、十月の秋祭りには、再び大勢の参詣者が訪れるようになった。

 

 

016岡崎薬師

岡崎薬師

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