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H26-12 越生の渋団扇発祥の地

   越生名物生絹に団扇

     誰が着るやらつかふやら

 昭和8年(1933)、八高線開通を祝して発表された野口雨情作詞の『越生小唄』にも詠われた渋団扇は、越生の代表的な特産品だった。柄に直交する肩竹をはめることによる特有の腰の強さを持ち、その形状から「一文字団扇」とも呼ばれていた。

 明治9年(1876)の『武蔵国郡村誌』には年産42万本、同44年の『埼玉新報』には240万本内外とあり、全盛期には50軒ほどが製造に携わっていた。しかし、ガスコンロの普及により火扇ぎ団扇が不要となり、扇風機やエアコンが登場、さらには合成樹脂製の団扇も出回り、手作り団扇の需要は激減した。今では伝統を継承するのは「うちわ工房しまの」一軒となった。

 

012渋団扇

渋団扇

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