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040 学頭沼と鹿下越生神社

 沼の名の由来は、徳川家康が幕府を開いた慶長8年(1603)、江戸城に登る都幾川の慈光寺の学頭(僧侶の役職名)に、村人たちが沼の修理願いを託したことによると伝えられています。

 鹿下の越生神社は、明治40年(1907)、根本神社が日枝神社を合祀して生まれました。

学頭沼と鹿下越生神社

学頭沼と鹿下越生神社

学頭沼と鹿下越生神社

越生郷土かるた「れ」の札

「れんげ咲く堤を越えて学頭沼」

学頭沼と鹿下越生神社

学頭沼

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